屏風岩東壁 雲稜ルート

2002年10月11日〜14日    
中野 万福 坂地(記録)


 10月の連休にどこかに行こうという話は、錫杖から帰ってきたときから話題になっていましたが、僕と万福さんはどこへいっても初めてなので、中野さんが屏風へ行こうというのに異論はありませんでした。3人よりは4人ということで、もう1人を探しましたが見つからず、結局3人で雲稜か東稜へ行くことに決まりました。
 10月8日の会合に顔を出すと、久保さんと藤岡さんがどこへ行こうかと計画を練っている最中でした。同じ方向だと交通費も安くなるので、いっしょに万福号に乗って行くことに決まりました。


11日
 天王寺組はいつものように新宿ごちそうビル前集合。森ノ宮で久保さん藤岡さんと落ち合い、中級登山学校のコーチで錫杖に行く田中さんに挨拶してから10時前に出発。


12日
 3時過ぎにはアルピコタクシーの駐車場に到着。仮眠する間もなくタクシーに乗り上高地へ。明神までは5人で歩いていきましたが、こんなに速く歩いたらT4に早く着きすぎて何にもすることなくなるぞ、という中野さんの意見で我々は縦走組と分かれてチンタラ歩くことになりました。 梓川本流でさえパシャパシャわたれそうな水量で、横尾谷の渡渉は簡単に終わりました。T4尾根の取り付きで、ここは中野さんがリードすることに。(中野さんは、おいしい部分を僕と万福さんにリードさせてやろうと思ってくれていたのだと思います。)途中、懸垂で降りていったパーティーが下から「中野さん!」と下から呼ぶので、さすがは福島労山の中野さん、我らがリーダー、顔が広い!と感心していたら、「ヌンチャク忘れてますよ!」(名前は書いておくものだ)





 T4に着くと、ザック3個とツェルトが放り出してあるので、ビバークしに降りてくるんやろうなあと話し合っていると、案の定男女ペアが懸垂で降りてきてここでビバークするとのこと。我々も相談の上、扇岩テラスか大テラスまで行くことにした。(僕の頭にはただの『T4』でもこれだけ広いのだから『大』がつくテラスは広々とした草原のようなイメージがあった)ここから扇岩テラスまで、万福さんがリード。1ピッチ目の最後の一手、登れそうで登れない。最後のリングピンにヌンチャクがかかっていたらA0で抜けられるのに、カラビナが1個かかっているだけ。(重いからたくさん持って行かなかったので、これしか残っていなかったとのこと)飛びつくと指が痛そう。ザイルを掴んで登れば一瞬なのだが、スリングをかけてもらう。結果は同じでも、ザイルにぶら下がるのは気が引ける。2ピッチ目、万福さんが扇岩の後ろに入ってしまっているので声が聞こえない。ロープを引っ張ってみると確保してくれているようなので一歩登る。ロープもあがったのでビレーしてくれていると確信できた。中野さんのロープがピナクルの外側をまわっていたので、内側に入れる。その後、僕のロープは、こんな所のぼれるのかしらと思うような所を直上してしまっているのでロープをゆるめてもらい右下へ数歩降りぎみにトラバース。そこから左上してゆくと程なく扇岩テラスに着いた。今日はここまで。「ルート図では2ピッチ目の方が難しい事になっているが、1ピッチ目の方が難しかった」「先月の錫杖の左方カンテよりずっと難しかった」などと話しあった。扇岩テラスは落石をもろに受けそうなので大テラスにおりてビバーク。


    


13日
 前夜は運転で3人ともほとんど寝ていないので、ゆっくり寝て、ゆっくり起きる。出発は7時。「岩登りはリードが面白い。リードしたら?」という中野さんのお言葉。サマーコレクションでは万福さんに全ピッチリードしてもらって、僕はチンタラA0のお気楽山行をさせてもらっているので、今日は数ピッチ恩返し(のつもりが終了点までトップ)。出だしの3ピッチ目はアブミ。真ん中あたりで、ヌンチャクが残り少ないのに気づく。下に向かって「ヌンチャク、足らん!」と叫んでも「下で使い過ぎや!」で後の祭り。でも、ここまで登ったら少々落ちても死ねへんやろ、とどんどん間引いて登る。「もうトラバースと違う?」と下から声がするので確保点を探すと、左上のハング下のバンドらしきところに確保点が見えた。ここからはフリーねと、フリクションの効きそうな左の壁に足を伸ばして乗り移る。次のホールドをさわってビックリ、フリクションが効くどころか、さわっただけで粉々になる風化した花崗岩。あわててもとのボルトにアブミをかけて乗り移り、一段あがった....つもりが、乗ったのは手首にかけてあった方のアブミ。この手を離したら落ちる〜と、もとのアブミに戻るまで必死。すんでしまえば笑い話ですが....。結局、確保点は反対側の右の壁にありました。二人は上がってくるなり、「もう後ろから登って来た。いつの間に来たんやろ?」と後続が追いついてきたことを教えてくれた。(この時は早いのはトップだけと楽観視していた。)4ピッチ目のトラバースが終わって、2人が追いついたので、トップを変わってもらえると期待したら、「うしろはもうそこまで来てる。」と言って僕からロープを奪い取り、急げ!急げ!とせかす。仕方ないので休む間もなくまた登る。ルンゼ内は『快適なスラブ』とあるが、疲れてるときにツルツルしたところを登るのは大の苦手。「どこが快適やねん。どこが快適やねん。」と心の中でつぶやきながら登る。どんどん後ろのパーティーは迫ってくる。確保点に着いてロープをあげてルベルソにロープを通している最中に、もう中野さんと万福さんは、後続に抜かれまいと「黄色、登りまーす!」「青、行きまーす!」と合図も待たずに登り出す。「まだ〜!」と叫ぶが、それでも登り出そうとする。ロープをあげるのに必死で腹を立てるのも忘れる。腕がつってくる。ロープをたぐっている時より、登っている時の方がずっと楽なので、交替してくれないなら早く登りたい。最後のドロ溝の手前のピッチは下のほうで折れそうなのを1つ見つけたが、あとは全然ピンがない。ここで落ちたら30mは転がるなあ、と思いながら終了点直前をじりじり登る。登り終わったところで、後ろのパーティーに抜かれる。万福さんが確保点のすぐ下を登りながら、こんなとこフリーで登ったん?と聞いたので、ここは難しかったのねと思う。どおりで後ろのパーティーは、左の方から抜いていったと納得。もう一度ここに来ることがあっても、次回はこわくてこの数mは登れないと思う。知らないということは強い! 後はドロ溝を登れば終了点なので、靴も履き替え、追い抜いていったパーティーが見えなくなるまで、ゆっくりする。ドロ溝をゆっくり登って終了。でも、今回の核心は終了点から屏風の頭まででした。腕はつるわ、足はつるわ、ボロボロ状態。屏風のコルからは僕ひとり、大阪から来たという「明るい(やかましい)」団体の後ろをゆっくり歩く。それでも明るいうちに、徳沢に帰着。あたりが真っ暗になったころ、久保さんと藤岡さんも到着。話に花を咲かせることができました。









坂地)